「オズさま!どうして魔法使いは箒で空を飛ぶんですか?」
しんしんと雪が降る夜、オズの城の暖かい暖炉の側でアーサーは言った。たまたまその場面に居合わせたフィガロは吹き出しそうになる。それは魔法使いにとって、「赤ちゃんはどこから来るの」よりも何よりも、最も答えにくい質問だったからだ。
こっそりと二人の様子を伺う。
答えを知るオズは無表情でわかりにくいが、若干顔を顰めている。対するアーサーの瞳は、オズさまにわからないことはない、という無二の信頼できらきら輝いていた。これは見物だと、フィガロは椅子に深く座りなおした。込み上げた笑いを誤魔化すように。
魔法使いの心得
以前オズは「赤ちゃんはどこから来るの」の質問を、アーサーにとって非常に難解かつ恐ろしく分厚い生物学の論文や学術書を渡して躱したらしい。上手い手を取ったものだと感心したものだが、今回はそうもいかない。なぜなら箒で空を飛ぶ理由の答えを記した書物は、フィガロがほとんど全て抹消したからだ。オズもそれを理解している。
昔は箒でも杖でも鍬でもデッキブラシでも、軒先に置いてあるものなら何でも使って空を飛んでいた。箒になった始まりはこうだ。
ある魔女が、誰も自分が望んだように詩を朗読しないからと、この世の全ての男を呪いたいと願った。けれど困ったことに、当然それを実行するほどの魔力は北の大魔女といえど彼女にはなかった。
そこで彼女は魔法に頼るのをやめた。
「嫌がらせよ」なんて言いながら、杖の先端に男の生首など――これ以上の言及は止めておく――を、自身の杖に括り付けて世界を飛び回り始めた。魔法使いたちはあの醜悪な魔女とは違うと暗黙の内に主張するために、違いが遠くからでも分かりやすい箒で飛ぶことになった。ちなみに魔女はすぐに飽きてやめたらしいが、魔法使いたちはトレードマークとしての箒を気に入ってしまった。
やがて魔女も恋に落ち、やんちゃな自らの過去の行いを改める機会がやってきた。
彼女は自身の黒歴史を世界の記録から消し去るのだと息巻いた。彼女の焚書を手伝ったのは、恋はかくも心を変えてしまうのかと面白がったフィガロだった。まずは双子の師匠の屋敷にある本から記述のある本を洗いざらい探し、魔法で改ざんする目途をつけた。歴史的に重要な本はほとんど揃えられた屋敷だったので、計画立てはもれなくつつがなくあっさりと終わった。念のために弟弟子の城の書庫にも行き、計画に穴がないことを確かめた。そして完璧に組まれた計画に従って、世界中に散らばったそれらの本を改ざんするなり燃やすなりした。
そうして人の噂も七十五日、どこにも載っていない魔法使いが箒に乗る理由をわざわざ掘り返そうとする者はいなくなったのである。
「嫌がらせよ」、そう言った彼女は正しかった。時をこえてオズもフィガロも、「なぜ箒に乗るのか」という質問の答えに窮する相手ができてしまった。
輝くアーサーの瞳を受けながらも、なおもしかめっ面のままのオズの様子を観察しながら、フィガロはにやにやとした笑みが抑えきれない。
オズが文句を言うようにこちらに視線を向ける。今なら世界一の魔法使いの睨みつけるような視線も怖くない。アーサーが聞きたいのはオズからの答えで、自分は南の子供たちに聞かれたときの参考にするから聞いているという二つの大義名分がこちらにはある。
助け舟を出す気もないフィガロを見て観念したのか、オズはゆっくりと口を開いた。
Fin.